この映画の中で老人のジュビタ`が自分の息子の健一、「シンャ」に書いた手紙の内容は、一番印象に残りました。
実は、最初から、シンャが健一を振っているのをジュビタはもう分かっていましたが、もうなくなった健一がまだ生き続ければ、どうなるかと思うと、彼女はこれをきっかけいしてシンヤと話し、親子の夢を続けることと決めました。ジュビタは自分と息子と一緒に生活する夢を想像しながら、シンヤを通じてすこし「感じる」ことができるでしょう。
ジュビタの親子愛情がはっきり描かれた手紙の内容は世の中の母達に、とても心の暖かい気持にさせていると思います。子供ごろのいろいろなことについて、つまり、試験の日とか、運動会の日とか、卒業の日、結婚の日、家族旅行の日などを書いて、母親として自分の子供の全てが幸せに出来るかどうか、そんなことばかり心配して関心を持っていると思います。
子供は母達にとって、世界で一番大切な人なので、親子の愛情がずっと一世に続いて、入れ代われないことはこの映画を通じて示したと深く感じます。
とても感動させられ、意味深長な映画なので、何回見てもあきません。瀬尾先生の素晴らしい選択をありがとうございます。
Tuesday, June 29, 2010
Monday, June 14, 2010
一番楽しかった旅行は、13年前に、家族と一緒に南アフリカへ 'サファリ’に行ったことだ。
十日間に "ビッグ 5“、つまり、獅子、ゾウ、サイ(rhino)、ヒョウ (leopard)、アフリカスイギュウ(buffalo)といった珍しい動物に近距離で会ったこともある。静かで美しい風景があるアフリカの平坦な野原に、"ビッグ 5“と他の動物が生息していることをこの目で見ると、神様の偉大な創作だと信じた。
南アフリカからビクトリア滝へ行く道程が飛行機で1時間しかなかったが、私達はフライトに乗り遅れたので6人の軽飛行機に乗るほかなかった。アフリカ大陸のジヤングルの上空を低く飛んでいる3時間の間はずっと緊張しすぎてどきどきした。
南アフリカの天気は、北半球の天気と正反対だ。9月は冬の末なので、ビクトリア滝の水量はおもいがけなく少なく、この普通の風景を見るとちょっとがっかりした。
センビジ川がアフリカの最も長い川です。その川で4時間くらいの急流下り(whitewater rafting)をしたのはすごく挑戦的で刺激的な経験だと思った。
いつまでも記憶に残るシーンは、この南アフリカの旅行だ。
印象に残ったシーンは飛行機が着陸する20分前にコントロールタワーで当直する管制官と飛行機操縦室の二人のパイロットが飛行機を安全に着陸させるためにいろんな方法を試してみて、緊急措置をとったシーンです。
皆さんは絶対に失敗を許さないという強い意識をして乗客が安全に目的地に着くように目標に向けてどんなに苦しんでも無理に笑顔をしていながら、一所懸命頑張り続けました。
このシーンを通じて日常で全然聞くこともない言葉、例えば、燃料計算、風制
限、空気摩擦、起落架、残風、下滑率確定、排水ご、エプロン、機首等も習うこ
とができると思います。
十日間に "ビッグ 5“、つまり、獅子、ゾウ、サイ(rhino)、ヒョウ (leopard)、アフリカスイギュウ(buffalo)といった珍しい動物に近距離で会ったこともある。静かで美しい風景があるアフリカの平坦な野原に、"ビッグ 5“と他の動物が生息していることをこの目で見ると、神様の偉大な創作だと信じた。
南アフリカからビクトリア滝へ行く道程が飛行機で1時間しかなかったが、私達はフライトに乗り遅れたので6人の軽飛行機に乗るほかなかった。アフリカ大陸のジヤングルの上空を低く飛んでいる3時間の間はずっと緊張しすぎてどきどきした。
南アフリカの天気は、北半球の天気と正反対だ。9月は冬の末なので、ビクトリア滝の水量はおもいがけなく少なく、この普通の風景を見るとちょっとがっかりした。
センビジ川がアフリカの最も長い川です。その川で4時間くらいの急流下り(whitewater rafting)をしたのはすごく挑戦的で刺激的な経験だと思った。
いつまでも記憶に残るシーンは、この南アフリカの旅行だ。
印象に残ったシーンは飛行機が着陸する20分前にコントロールタワーで当直する管制官と飛行機操縦室の二人のパイロットが飛行機を安全に着陸させるためにいろんな方法を試してみて、緊急措置をとったシーンです。
皆さんは絶対に失敗を許さないという強い意識をして乗客が安全に目的地に着くように目標に向けてどんなに苦しんでも無理に笑顔をしていながら、一所懸命頑張り続けました。
このシーンを通じて日常で全然聞くこともない言葉、例えば、燃料計算、風制
限、空気摩擦、起落架、残風、下滑率確定、排水ご、エプロン、機首等も習うこ
とができると思います。
Monday, May 17, 2010
Monday, May 10, 2010
ハンサムスーツ
この映画で印象に残ったシーンは、琢郎さんと本江さんが一緒に公園を通ってカメラ付の携帯で人の幸せを見つけて写真を撮った人は十歩進んで行くというゲンムをしながら家に帰るエピソードです。
例えば、うれしそうに鯛焼きを食べている中学生や、落とした100円だまを拾った、喜んでいる男の人や、美容院から出た満足そうな顔をしている女の人など、みんなは幸せをもらった人です。
私にもとっても小さいことですが本当の幸せです。
雨の日は、窓の前に、ホットチョコレートを飲みながら本を読んだりするとか、花屋で綺麗な花束を買って家に帰ってつばに入れるとか、やっと宿題を出来あげるとか、小さいなことにもかかわらず、沢山お金が要らなくても幸せになることができると思います。
世の中で、偏見を持っていない社会が存在しないと私は思います。香港も例外のないはずです。
私は小学生のとき、大人の話の影響で、インド人に対してその生まれつきの黒い皮膚や、食習慣による体臭や、ターバンをかぶる格好をしている一般化されたインド人は大変怖い人間だと感じていました。中学生になったらインド人の同級生と知り合いになりました。よく、彼女の家に行ったり、遊んだっり、インド料理をたべたりしているうちに、インド人の文化や生活習慣が少しずつ理解し始めました。子供のとき深く残ったインド人のマイナスイメージは実は私の誤解だということが分かるようになりました。
今でも、香港人は、インド人に対する偏見をまだ持っていますが、2010年の現代は多分50年まえの偏見の程度が少なくなったと思います。
偏見や、差別は、人生の先天的な一面で完全になくすことが出来ないと思います。と言っても、私たちは、まず自分の偏見を認めなければなりません。そうすると、民族的、文化的な違いを認識して、受け入れるようになります。当然、差別や偏見などは遠ざかっていくでしょう。
例えば、うれしそうに鯛焼きを食べている中学生や、落とした100円だまを拾った、喜んでいる男の人や、美容院から出た満足そうな顔をしている女の人など、みんなは幸せをもらった人です。
私にもとっても小さいことですが本当の幸せです。
雨の日は、窓の前に、ホットチョコレートを飲みながら本を読んだりするとか、花屋で綺麗な花束を買って家に帰ってつばに入れるとか、やっと宿題を出来あげるとか、小さいなことにもかかわらず、沢山お金が要らなくても幸せになることができると思います。
世の中で、偏見を持っていない社会が存在しないと私は思います。香港も例外のないはずです。
私は小学生のとき、大人の話の影響で、インド人に対してその生まれつきの黒い皮膚や、食習慣による体臭や、ターバンをかぶる格好をしている一般化されたインド人は大変怖い人間だと感じていました。中学生になったらインド人の同級生と知り合いになりました。よく、彼女の家に行ったり、遊んだっり、インド料理をたべたりしているうちに、インド人の文化や生活習慣が少しずつ理解し始めました。子供のとき深く残ったインド人のマイナスイメージは実は私の誤解だということが分かるようになりました。
今でも、香港人は、インド人に対する偏見をまだ持っていますが、2010年の現代は多分50年まえの偏見の程度が少なくなったと思います。
偏見や、差別は、人生の先天的な一面で完全になくすことが出来ないと思います。と言っても、私たちは、まず自分の偏見を認めなければなりません。そうすると、民族的、文化的な違いを認識して、受け入れるようになります。当然、差別や偏見などは遠ざかっていくでしょう。
Tuesday, April 20, 2010
受験の神様 宿題
現在の香港の教育制度は、イギリスの制度に基づいて出来たものです。そのために、従来は、英語を学習するのが強調されていました。
大体を述べて、香港の学校は、二つのストリームに分けられています。その一つは、中国語を通じて授業をしている「中文学校」で、もう一つのストリームは英語を使っている「英文学校」です。
香港は1997年に、中国に返還された後、教育対策が数度にわたって、改正されました。その一つは、とても重要な「母語教育」で、もう一つは、中学校の「banding」(格付け)システムだと思います。
「母語教育」によって、英語で教えている学校はかなり減りました。13年たった今は「母語教育」という教育対策は良い結果を持ってこなかったどころか学生達の英語力も下がっていたのは、目立っているそうです。
[banding] システームも、学習者にも学校にも不良影響をもたらしたので、いまはもうやめました。
香港の教育制度は日本の制度ににている点は、詰め込み教育だと私はそう思います。香港の教育の特徴は「ペイキンダック教育」と言われています。試験や、成績や、暗記する形式の学習方法や、受験戦争などを重視しています。
香港の出生率は、減少傾向を示し始めて、少子化現象や、資金提供の欠けさや、資格と経験も不足な先生などは、今香港教育が面している難題だと思います。
今、―週間に五回幼児園へ行っている上に、4回塾へ行っていろいろな活動に参加している私の3歳半の孫を見ると気の毒に思いました。子供達が、そんな超競争社会で育って成長するのは、いいかわるいか、複雑な問題だと思います。
大体を述べて、香港の学校は、二つのストリームに分けられています。その一つは、中国語を通じて授業をしている「中文学校」で、もう一つのストリームは英語を使っている「英文学校」です。
香港は1997年に、中国に返還された後、教育対策が数度にわたって、改正されました。その一つは、とても重要な「母語教育」で、もう一つは、中学校の「banding」(格付け)システムだと思います。
「母語教育」によって、英語で教えている学校はかなり減りました。13年たった今は「母語教育」という教育対策は良い結果を持ってこなかったどころか学生達の英語力も下がっていたのは、目立っているそうです。
[banding] システームも、学習者にも学校にも不良影響をもたらしたので、いまはもうやめました。
香港の教育制度は日本の制度ににている点は、詰め込み教育だと私はそう思います。香港の教育の特徴は「ペイキンダック教育」と言われています。試験や、成績や、暗記する形式の学習方法や、受験戦争などを重視しています。
香港の出生率は、減少傾向を示し始めて、少子化現象や、資金提供の欠けさや、資格と経験も不足な先生などは、今香港教育が面している難題だと思います。
今、―週間に五回幼児園へ行っている上に、4回塾へ行っていろいろな活動に参加している私の3歳半の孫を見ると気の毒に思いました。子供達が、そんな超競争社会で育って成長するのは、いいかわるいか、複雑な問題だと思います。
Monday, April 12, 2010
どの話が一番印象に残りましたか。どうしてですか。
三つの話の中で、一番印象に残ったのは三番目です。
嫌太郎の最後の積極的な人生と最初のぼんやりしていた自暴自棄な人生と比べて、その強烈な対比に感動されました。
若いときの私はぼんやりとしていた生活も過ごしたことがあります。その時代の、自信がなくて、人生を悲観していたそんな自分を嫌いました。
“光陰矢の如し”という諺は私がいまよく痛感しています。まだ知りたいこととやりたいことが 沢山あるが、時間が足りません。それで、時間を無駄に費やさないで、やりたいことを実行しようと思っています。
現実の世界には “ロスタイム” ということが存在しません 。“死に神”にいつ呼び上げられるのか誰もわかりません。
だから、毎日の一分一秒も慎重に利用したいと思います。
もし死ぬまえに”人生のロスタイム”を与えられたら、みなさんは何をしますか。
もし死ぬ前に”人生のロスタイム”を与えられたら、時間の長さによって、したいことがいろいろあります。
3ヶ月以下の時間があれば:
ア 先ず遺書を作って身の回りを親族の皆さんに分け与えます
イ 私自身よりも不運な人達のことを考えて、手伝ってあげたいんです。
ウ 家族や親しい友人と一緒に食事をしたり、過去の楽しい思い出を語ったりします。
6ヶ月以上の時間があれば:
上の点に加えて、日本の田舎へ行きたいです。
そこで、1、2ヶ月ぐらい、今まで勉強してきた日本語を活用して、素朴な大自然と繋がって、普通の農家生活を体験したいと思います。
三つの話の中で、一番印象に残ったのは三番目です。
嫌太郎の最後の積極的な人生と最初のぼんやりしていた自暴自棄な人生と比べて、その強烈な対比に感動されました。
若いときの私はぼんやりとしていた生活も過ごしたことがあります。その時代の、自信がなくて、人生を悲観していたそんな自分を嫌いました。
“光陰矢の如し”という諺は私がいまよく痛感しています。まだ知りたいこととやりたいことが 沢山あるが、時間が足りません。それで、時間を無駄に費やさないで、やりたいことを実行しようと思っています。
現実の世界には “ロスタイム” ということが存在しません 。“死に神”にいつ呼び上げられるのか誰もわかりません。
だから、毎日の一分一秒も慎重に利用したいと思います。
もし死ぬまえに”人生のロスタイム”を与えられたら、みなさんは何をしますか。
もし死ぬ前に”人生のロスタイム”を与えられたら、時間の長さによって、したいことがいろいろあります。
3ヶ月以下の時間があれば:
ア 先ず遺書を作って身の回りを親族の皆さんに分け与えます
イ 私自身よりも不運な人達のことを考えて、手伝ってあげたいんです。
ウ 家族や親しい友人と一緒に食事をしたり、過去の楽しい思い出を語ったりします。
6ヶ月以上の時間があれば:
上の点に加えて、日本の田舎へ行きたいです。
そこで、1、2ヶ月ぐらい、今まで勉強してきた日本語を活用して、素朴な大自然と繋がって、普通の農家生活を体験したいと思います。
Thursday, March 18, 2010
男の人が主夫になることが認められないと思います。神様は ‘人間’を創造していたところに子を産むことが、女の責任に割り当てられました。そう言う訳で「男は仕事、女は家庭」といった数千年以来、根強く残っている男尊女卑という思想が今でも抜きにくくて延長し続きます。「女性解放」 という運動はただ70年前にできた観念です。私の考えは、ずっと昔からまもってきた男尊女卑は、短時間に変えられないでしょうか。こういう思想を変えるには、かなり時間がかかるので、「女は仕事、男は家庭」といった価値観が、少なくても百年以後実行できるのではないかと思います。香港でも同じような状況かもしれません。
印象に残ったシーンは隣さんが奥さんに封筒を受け取った一幕です。言うまでもなく封筒の中には、一ヶ月の間一生懸命家事をしたり、子育てをしたりした隣さんの家計です。このシーンを見るとなんとも言えない変な気持ちになりました。男の人が女の人から毎月生活費をむらうことは、どうしても抵抗がある感じです。それは、私が子供のときから受けてきた伝統的なしつけの影響だと思います。
印象に残ったシーンは隣さんが奥さんに封筒を受け取った一幕です。言うまでもなく封筒の中には、一ヶ月の間一生懸命家事をしたり、子育てをしたりした隣さんの家計です。このシーンを見るとなんとも言えない変な気持ちになりました。男の人が女の人から毎月生活費をむらうことは、どうしても抵抗がある感じです。それは、私が子供のときから受けてきた伝統的なしつけの影響だと思います。
Tuesday, March 2, 2010
この映画で印象に残ったシーンは真弓ちゃんと下川さんが一緒にディスコへ行っていたものです。
二人はディスコに入ったとき、回りの全ての人は、流れている1990年代の
“Can’t take my eyes off you” というとても有名な曲を聴きながらダンスをしていました。
1990年代ごろの私も時々、このようなディスコへ行って、この私が大好きな歌を聞いたり、ダンスをしたりしたものです。
ディスコというシーンは、今でも忘れることなくその楽しさが心に残って懐かしい思い出が甦えてくれました。
もう一つ印象に残ったのは、あの時代の携帯電話です。
あのような電話は、私も使ったことがあります。香港では「大哥大」とか「水壺」とか愛称されていました。
ちいさくて機能が多い今の携帯は、あの時代の大きくて簡単な機能のモデルと比べて想像できないほど飛躍的な科学技術の発展の成果だと思います。私は「古代」と現代の携帯とも使うことができて、とても素晴らしい一言に尽きます。
たとえタイムマシンがあっても、未来も過去もどちらにも行きたくないです。
年を取り始めている私は、記憶がだんだん弱くなって行きますが、覚えたいことが沢山あります。それで、できれば過去の悪い思いでだけ忘れたいです。いい思い出を覚えていれば十分です。
私にとっては、未来といえば、“いまから、命の終わりの初め”です。
でも過去と未来の中で一つを選ばなければならない場合は、私は未来のことを選択したいと思います。
何といっても、20年後の息子夫婦の仕事や、孫達の成長する姿や、一家はどんな生活をしているかなど、いろいろな彼達についてのことを、私はしりたいのです。
二人はディスコに入ったとき、回りの全ての人は、流れている1990年代の
“Can’t take my eyes off you” というとても有名な曲を聴きながらダンスをしていました。
1990年代ごろの私も時々、このようなディスコへ行って、この私が大好きな歌を聞いたり、ダンスをしたりしたものです。
ディスコというシーンは、今でも忘れることなくその楽しさが心に残って懐かしい思い出が甦えてくれました。
もう一つ印象に残ったのは、あの時代の携帯電話です。
あのような電話は、私も使ったことがあります。香港では「大哥大」とか「水壺」とか愛称されていました。
ちいさくて機能が多い今の携帯は、あの時代の大きくて簡単な機能のモデルと比べて想像できないほど飛躍的な科学技術の発展の成果だと思います。私は「古代」と現代の携帯とも使うことができて、とても素晴らしい一言に尽きます。
たとえタイムマシンがあっても、未来も過去もどちらにも行きたくないです。
年を取り始めている私は、記憶がだんだん弱くなって行きますが、覚えたいことが沢山あります。それで、できれば過去の悪い思いでだけ忘れたいです。いい思い出を覚えていれば十分です。
私にとっては、未来といえば、“いまから、命の終わりの初め”です。
でも過去と未来の中で一つを選ばなければならない場合は、私は未来のことを選択したいと思います。
何といっても、20年後の息子夫婦の仕事や、孫達の成長する姿や、一家はどんな生活をしているかなど、いろいろな彼達についてのことを、私はしりたいのです。
Thursday, February 25, 2010
自己紹介
皆さん、はじめまして。
私はアンナ・ヨンと申します。
今年の誕生日になると、65歳になります。
5年前に退職しましたが、育児教育において25年以上の経験がありますので、いまでも育児教育コンサルタンとして仕事を続けながら、美術館のボランティアーもしています。
夫は玩具関係の仕事をしています。
8年前に結婚した息子が一人います。わたしはいま3歳半の男の孫と11ヶ月の女の孫に恵まれています。
毎日、暇なときできるだけ孫達と一緒に楽しい時間を過ごしています。そのほかに日本語を学んだり、運動をしたり、NHKのテレビ番組を見たりしていますので、スケシェールがぎっしり詰まっています。
ブロクのことは全く分かりませんが、‘日本映画とドラマ’コースの勉強のためにブロクの使用方法を基礎から覚えなければなりません。自分のことや考えを書いて知らない人に伝えるブロクに慣れるには、しばらく時間がかかると思います。
どうぞよろしくお願いします。
私はアンナ・ヨンと申します。
今年の誕生日になると、65歳になります。
5年前に退職しましたが、育児教育において25年以上の経験がありますので、いまでも育児教育コンサルタンとして仕事を続けながら、美術館のボランティアーもしています。
夫は玩具関係の仕事をしています。
8年前に結婚した息子が一人います。わたしはいま3歳半の男の孫と11ヶ月の女の孫に恵まれています。
毎日、暇なときできるだけ孫達と一緒に楽しい時間を過ごしています。そのほかに日本語を学んだり、運動をしたり、NHKのテレビ番組を見たりしていますので、スケシェールがぎっしり詰まっています。
ブロクのことは全く分かりませんが、‘日本映画とドラマ’コースの勉強のためにブロクの使用方法を基礎から覚えなければなりません。自分のことや考えを書いて知らない人に伝えるブロクに慣れるには、しばらく時間がかかると思います。
どうぞよろしくお願いします。
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